彼の帰還

先日は私の誕生日だった。

その日、友達と日比谷界隈を歩いていて、彼にそっくりな人を見つけて、心臓をわしづかみにされたような気になったのが、予兆といえば予兆だったのかもしれない。

前日に彼から「誕生日、なにもできなくてごめんね」というメールが来ていた。キニスンナとレスをして、当日。また彼から「なにもできなくて本当にごめん」というメッセージが来た。だから私は「ごめんよりもオメデトウで」と返した。今日、日比谷にいなかった?

そうしたら彼が電話をかけてきた。「オメデトウ」と声が震えていた。

誕生日にはいつも泣いてしまう。私は。それはかなしいことがあるからではなく、ここまで生きた時間やそして(自主的に止めたりあるいは超自然的な力によって止められたりしない限り)不如意な「時間」は連綿と続いていくことなどを考えてしまうからで、そうなると泣くしかない。ただ今年は外部にさまざまな面倒ごとがあったので、内的要因に左右されている余裕すらなく、泣かずに過ごすことができていた。これは幸いなるや?(余談だが私の母はちょうど更年期を迎える頃に、私が躁うつ病を発症し大変な事態を起こしたため、更年期をマンキツする余裕がなかった、といっていた。いつの間にか終わっていたそうである)ちょっとほっとしたような淋しいような物足りないようなそんな気持ちであと数時間。誕生日が終わるはずだった。けれど。

彼の声を聞いたらもう無理だった。ほぼ一ヶ月ぶりだろうか彼と直接会話するのは。泣けてしょうがない。「ほら、やっぱり泣いてた。俺はいつも泣かしてばかりだね」ちがうよ、と私は答えた。「うれしくて泣く場合だってあるよ」それは、と彼は応じた。「俺にはわからないよ」

ふたりしてビービー泣いててしょうがないね、と彼は笑った。

何で泣いてるの?彼に尋ねると、今度会ったときに話すよ、といつもの口癖。「少しずつならしていくよ、だから、また少しずつやっていこうよ」彼はつぶやいた。時間つくるよ、また、電話するよ。ムリシナイデネと私は告げた。「そう」と彼は言葉を切った。俺は今日、日比谷に行ってないよ。通話終了のボタンを押しながら、大きな渦に巻き込まれている——巨大なものに絡めとられている自分を意識した。そして。

友達に話した言葉をにがみまじりで思い出していた。「そんなの、向こうが連絡してこないんだから、さっさとさ、いい男見つけて乗り換えるぐらい考えてるよ。こっちは、自由なんだからさ。」わりと、冷静だし、なんていって。こうしてまた始まれば、同じことの繰り返しの日々かもしれない。それでも、思わずにはいられない。おかえりなさい。口の端で笑いながら、声に出さずに。

これをもって彼が「帰還」したのか、わからない。だけれども、私にとってその「みじかい永遠」は誕生日、最も嬉しい「贈り物」だった。ありがとう。そしてもう一度。おかえりなさい。